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2004年7月1日(木) 

昼寝、電話、メール、ビール、電話、メール



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2004年7月2日(金) 

昼、納豆スパゲティー。うまかった。夜、麻婆豆腐丼。うまかった。あしたから中学の同級生と一泊伊香保旅行なので冷蔵庫の中を減らしにかかりました。

自転車で百合丘の中古バイク屋へ。スワニーというかわいいスクーターを観に行きました。すごい坂道の連発なうえに、めちゃめちゃ暑くてしんどかったけどバイク屋のお兄さんにガリガリ君もらって復活。神奈川ってば坂が多い。
新潟で小学校の頃はわざわざ自転車で坂のあるところまで行って、坂をくだる快感を得るために自転車を押したりしたのを思い出す。快感ってば意味がないほど大きいもんだ。

そろそろレコ発ライブツアーの場所押さえにいそがしくなりはじめる。
ビレッジプレスの「ぐるり」という雑誌から原稿の依頼をいただいて、今度のアルバムのことを書きました。



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2004年7月3日(土) 

中学の時からの友達4人で伊香保旅行。本気で遊んできたので、普段バイトしてる何倍も気合をいれ、ぼろぼろってくらいつかれた。笑いすぎましたが、その笑いの内容は、下品すぎ、幼稚すぎという理由でここではちょっとかけません。食うとあらば限界まで食い、飲むとあらば、というか飲みつづけ、麻雀するとあらば解脱するまでやり、温泉に入るとあらば葉っぱをちぎって「ボコチョン」という字をつくってからだにはっつけて、日焼けして字がくっきり浮かぶまで入りました。
また明日も会うみたいに「じゃーねー」って別れてきました。



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2004年7月7日(水) 

寿司ってこんなにまずい食い物だったろうか?
いか。いかを食うとだいたいわかる。
「おひとり7皿以上お食べください」
7皿食うのがこんなにたいへんだったとは。
「お食事は30分以内にお済ませください」
一皿ずつ首をかしげながら食ったので30分以上かかったかも。
ベルトコンベアーで運ばれてくるえさを食わされてる気分。
こんな状況、『モモ』ででてきたなー。
イクラ。口に入れてびっくり。べちゃべちゃで、すげーしょっぱい。
筋子とまちがったかと思い「このイクラ醤油づけですか?」と聞いてみると、
おもむろに口の中にいれて
「これは塩づけだね」
(それを筋子というのでは?)
そのおやじはまな板の上のネタのかすをしょっちゅう食いながらかたしていた。
ふたりでやっと13皿食べて、最後、なにを注文するか迷い、一番まともだったうにをたのむ。あのおやじが握らないようにこころの中で祈るが、結局筋子のおやじの手でうにがのっけられ、非常に不愉快な態度で渡される。
(もっとはやく気づくべきだったが、この筋子のおやじはさっきから寿司は一個も握ておらず、なにものっていない軍艦に雑にネタをのっける係りだったのだ!)
目の前のうにが食い物にはみえなかった。
くやしい。とてもくやしい。金を払ってこんな思いをするとは。
渋谷まで届け物をしてくれた彼女にごちそうをするつもりだっただけに余計やりきれない。食い物屋にいって一番がっかりするのは、まずかった時ではなくてやる気のない食い物を出された時だ。(ほんとにこれをうまいとおもうか?)と訊きたくなる。14皿分払ってささっとでてくればよかった。
あらためて、時間とお金をつかってライブを観に来てくれるお客さんの前でうたうことの意味を考えました。
中途半端にまずい物食うより話がはずんでよかったか。
くやしい。




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2004年7月8日(木) 

「ドリトル先生航海記」を読みながら上半身はだかでいつの間にか眠っていた。
大ガラス海カタツムリに包帯を巻いてあげるところ。ドリトル先生たまにやりすぎです。火を持たないポプシペテルの人たちに火や、製鉄や、上下水道をもたらしたのはよかったんでしょうか?その問題はといあえずおいといて、ドリトル先生の冒険にはとにかくどきどきします。ファインディングニモのもとになったと思われる魚の兄妹のはなしがあったりして、いろんなお話しのモチーフになってるんだろうな。

ところで、怒っているのってつかれますね。怒っている顔をつくるのは。なにしろ自然状態でへらへらした顔なもので、ちょっと気を抜くと笑ってしまいます。怒っているのが馬鹿らしくなったら、そろそろ仲直りということになります。



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2004年7月9日(金) 

18日のあがたさんとのライブにむけて、大学時代よく聞いていたレコードを聴きなおしています。スティーライスパン、フェアポートコンベンション、バトルフィールド、ドノヴァン。あの頃、ただ60、70年代の音楽が魅力的に感じていろいろ買いあさっていた中でも、やっぱりこれらの音楽は色褪せないなあと感じる。そもそも時代に限定して音楽を聴くというのは、趣味の枠を出ないと思う。ほんもののミュージシャンはどんな時代だっていいものをつくっている。音の感じというのはどうしても時代の影響を受けるものだけど、その中身にあるものはたとえどんな音で出てきたってなにか通じているものがあるものだ。せっかくいいものをつくりつづけているのに昔の作品しか聴かないという人たちもいる。そういう聴き方は、ほんとはそのひとの音楽が好きじゃないということじゃないかな?ある時代だけいいなんてことがあるんだろうか?そういうこともあるかもしれないけど、自分の音楽はそういう聴き方をされたくないなあと思う。根っこのほうは、そう簡単にはかわらないものだ。根っこから音を出していればきっと間違わないんだろうな。



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2004年7月10日(土) 

勝さんとマーガレットズロースで練習。一緒にあわせた「神様なんているのかい」はかなりあついアレンジになりました。あいかわらず勝さんのピアノはしびれる。繰り返すフレーズがとても気持ちいい。この「神様なんているのかい」という曲。オリジナルの『蓄音盤』に収録されたバージョンは歌詞が載っていなくて、勝さんが『アンダーグラウンドリサイクル』の中でカバーしているバージョンも歌詞が載っていません。昨日必死にレコードの針を繰り返し落としながら書き写したんですが、聞き取れないところもあり、聞き取れるところも意味がよく分かりません。よくわからないんだけど、なぜだか歌詞を写しながら、自分の作詞や作曲にまったく自信がなくて一曲一曲悩み悩み曲を書いていた頃の気持ちになりました。その頃の自分の歌はとても人に聴かせられるようなものではありませんが、この歌の歌詞がもっている意味不明さにはなにか非常に身につまされるものがあります。何かを伝えるために直接的な言葉をつかうことがとても間接的なことのような気がしてきます。伝えようとしていることではなくて、伝えようとしているようすに心が打たれます。
確か大学2年生の夏だったか。おけいにこのLPを借りたんだった。すごくびっくりして、繰り返し繰り返し聞いて、盤に傷がついてしまったので新しいのを買って針が飛んでしまう方がいま僕の部屋にある。そこに収められた曲もすばらしいけど、僕はあがたさん直筆の「つゆあけのひとことふたこと」と題された文章にひどく感動したのでした。

・・・そして、いま僕は、やはり僕と同じく全ゆる事に自信のもてない人、一時の気の迷入りで死を想っている人、しかしそれでもやっぱり「生きる」ことをしていくんだと思っている人にとってささやかな宝物になればいいと思う。



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2004年7月13日(火) 

ずっと前に、もういつのことだったか思い出せないけど、たぶん三軒茶屋の茶沢通り沿いのお店だったと思う。農家のおじいさんがポンコツのカブに乗って農道を走っている時にかぶっていそうな、朱色のかわいいヘルメットが随分安く売っていた。彼女がスクーターを買うことになって、ふとそのヘルメットのことを思い出した。

東京に住みはじめて最初の頃はとにかくいろんな町を歩いたものでした。断片的に街並を覚えているけれど、それが何処なのか、いつ何のためにいったのか覚えていないことが多いです。きっと目的もなくただ歩いていたんでしょう。なにかおもしろいものがありそうな雰囲気にはいつだって敏感です。ちょっと路地をのぞいてふらっと入り込んでしまう。なんにも役にたつものがなくったって、歩いていて幸せな気持ちになる街並というものはあるものです。それをふと思い出すときには、なぜかせつなくなってしまうことが多いけど。また来ようねって言って、それっきりになってしまったたくさんの町。

下北沢から茶沢通りをまっすぐ歩く。とても暑かったので途中古道具屋や熱帯魚屋をのぞいたり、スーパーでビールとコロッケ買ったりしながら。はじめは三軒茶屋にまちがいないと思っていたその店、歩いているうちに横浜の中華街だったような、江古田の商店街だったような気がしてくる。実際にそんな店に行ったのかどうかすらあやしくなってくる。まあ散歩だしな、なんていいながらなんとなく歩いて突然その店はあった。まちがいなくその店は茶沢通り沿いにあって、野菜から野球のグローブまで売っているへんなディスカウントショップだった。ちょっと涙が出そうな気持ちになった。もちろん店が見つかったことがうれしかったんじゃなくて、なにか途切れていた自分が繋がったような気持ちになって。なんとなく見つけた店に、またなんとなくたどり着くというのは、いつも行きたいと強く願っているところにたどり着くことよりも、きっと必然的なことなんでしょう。ただヘルメットを買いに来ただけですが、どうしてもここに来なくてはならなかったような気すらしてきます。
朱色のヘルメットはなくなっていましたが、日焼けしてクリーム色っぽくなったいかにも農家のおじいさん風のヘルメットを買いました。たまたまその店のヘルメットの卸しの人が来ていて、朱色のヘルメットのことを訊きましたが、そんなヘルメットは扱っていないといっていました。もしかしたら、そんなヘルメットはじめからなかったのかもしれないし、この店にきた事だって初めてなのかもしれないけど、それはそれでいい様な気がしました。

変に丸みをつけられて、底にゴムをはられた下駄をみつけて「おとなは分かってね―なー」なんていいながらぶらぶら歩いていたのでした。



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2004年7月14日(水) 

今日は昼からあがたさんと勝さんと一緒にリハーサル。わざわざ新宿ジャムまで来ていただきました。友部さんとリハーサルするときは友部さんは本番さながらと言う感じですが、あがたさんはギターもほとんど音を出さず、うたも確かめるような感じで、本番がすごく楽しみです。せまいスタジオにあがたさんのマネージャーさんもあわせて6人ひしめき合っていました。あがたさんは何か話す時も、頭の中でじっくり言葉を探しながらぽつりぽつり出てくる感じ。メンバーが挨拶した後、「それじゃあ、何か一曲聴かせてください」と言われて、どうしようかと悩んで「斜陽」をうたいました。なんだかオーディションみたいですごく緊張しました。
「わかりました」といってその後一緒に演奏する曲の練習を。曲の終わり方がどの曲もねっとりした感じで、ジャーン、ジャーーン、ジャーーーーン・・・ジャカジャカジャカジャカジャーーーン!!うわーーーと思いました。勝手にアレンジしてしまった「大道芸人」もほとんどそのままのアレンジでやってみましょうということに。一緒に演奏していてほとんど違和感のようなものは感じなかったのですが、マーガレットズロースの3人と、あがたさんと勝さんでは、曲にぴったりと感じるテンポが違っていて、僕らはどうしても速くなってしまって、あがたさんは疾走感よりも力強さという感じで、勝さんは重たく、はって進むような感じ。勝さんの鍵盤さばきはもうほとんど酔拳のようです。ゆっくり動いて言うかと思ったら突然がーんと殴られるみたい。一緒にあがたさんのバックを演奏していても、勝さんはあがたさんの横にぴったりついていて、そのうしろから僕たちがよちよちついていくみたい。格の違いを感じました。でも遠慮していたらせっかくの機会がもったいないので、精一杯、自分のできることをひっぱりだしてきて、ほとんどずっとチョーキングしてました。
いままで勝さんや早川さん、友部さん、エンケンさんといった人たちと共演させてもらえる機会にめぐまれた僕たちですが、思うことはみんな「誰がすごい」とか全然考えていなくて、ただ、自分のやることをやれるようにやり尽くしているところがほんとにすごいと思う。ほんとだなと思う。勝さんとあがたさんのやりとりを側で見ていても、どっちが上とか下とかでなく、お互い自分しか出来ないことをしていて、ほんとに自分の足で立っているように見えました。そうでなければ50歳を過ぎても生きた音楽をすることなんてできないのでしょう。
5時間スタジオをとっていましたが、あがたさんは2時間ちょっと練習してもう十分ということで「くわしくはライブが終わってから打ち上げで決めましょう」なんて冗談を。ほんとにおもしろいものをお見せできると思います。



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2004年7月15日(木) 


健康保険8月号の絵の締め切りに追われる平井正也。



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2004年7月18日(日) 

日記って言うのは些細なことをかくのにぴったりで、なかなか大切なことがあった日には気軽にかけないもんです。
勝さんは僕のお茶めランキング、モニーの久保田さんを抜いていま第1位です。
あの人こそ本物のこどもです。

打ち上げであがたさんにバスツアーを企画することを命ぜられました。
マーガレットズロース、チョコレートパフェ、渡辺勝、あがた森魚といくマジカルミステリーツアー。来春くらいに実現するように妄想癖に磨きをかけることにします。

勝さんほど純粋に音楽をする人はいないです。
音じゃない大切ななにかを作り出せるのは、やっぱり音楽みたいです。
音じゃないもので音楽のふりしているものもたくさんあるけど。音楽かどうかなんて、ほんとはどうでもいいのだけれど。
ほんもの音楽は音楽を材料にはできていません。音楽で作った音楽なんて考古学者にまかせておきましょう。
なんだか何がいいたいのかわからないけど。

タイニーカフェで一緒に演奏した末森くんのギター1本のCDに、自分は歌をうたわないけど、曲を演奏するんじゃなくて、自分が曲になるつもりでやりますって書いてありました。

つまり音楽でやりたいことは音楽じゃなくて、音楽じゃないものでやりたいことは音楽だったりして、なにかをつくるってことは、なにかから違うなにかが生まれるってことだから、音楽から音楽が生まれるわけはないのではないでしょうか?



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2004年7月19日(月) 

ライブの打ち上げで朝までいたのはひさしぶりだなあ。

昼まで寝て、そうめん。
小さい頃はそうめん嫌いだった。なんだかざるに山盛りのそうめんを食べるのは酷く無機質で事務的なな労働みたいだと思っていたけど、最近はそうめんを食うためじゃなくて、胡瓜や揚げ茄子を食うためにそうめんを食ってるような気がして、なかなかどうしてそうめんうまいです。

最近よくTBS観てるなあ。

8月7日のニーネとの藪こぎのチラシを刷って下北沢へ。
海の日の下北沢のライブハウスを巡ることで、最近どんな流れになってるのか大まかに分かっておもしろかったです。
そしてディスクユニオンやヴィレッジバンガードにチラシ配りながら久しぶりに購買意欲に火がつきました。

「GLAD ALL OVER」忌野清志郎&仲井戸麗市(ライブ盤3枚組\1600)
「OK」RCサクセション(レコード\500)
「FEEL SO BAD」RCサクセション(レコード\300)
「BO&GUMBO」ボガンボス(再発CD\2000)

こんなに買って帰ったのに、家に帰って「ネオンホール」聴きました。  



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2004年7月20日(火) 

いそがしくなってやらなきゃいけないことがふえていくっていやだな。
いそがしくなってやりたいことがふえていくんならいいけど。
おんなじことでも、やらなきゃって思ったり、やりたいって思ったり。
それならやりたいと思ったほうが得だなこりぁ。



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2004年7月21日(水) 

仕事中、鰻のことばかり考えていた。土用の丑の日。
土用ってどういう意味でしたっけ。
村上春樹の「海辺のカフカ」で、ちょっとおかしな話方をするおじさんがでてきます。名前は忘れちゃったけど、「自分は鰻が好物であります。けれども鰻は高いので毎日という訳にはいきませんが、月に一度は食べております。」みたいな文章があって、その変にあらたまった言い方がいかにも鰻を思わせるところがあり、
それ以来鰻を食べる時にはいつもそのおじさんのことを思い出す。
さすが土用の丑の日。半額になっていた鰻を彼女と一匹ずつ食いました。
なんとなく鰻って魚ではなく、うなぎな気がするんだけど、今日のはちょっと魚らしかったです。やっぱり鰻サイコー!



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2004年7月22日(木) 

バイトの行き帰りだけ読んでいた「ドリトル先生の郵便局」読み終わる。
今回のは今までのにくらべ、細々したエピソードが多く、短編集みたいでしたが、やっぱりおもしろかった。

いつもアルバムの発売が近くなると、あれやこれや心配事がふえてちょっとした鬱っぽくなってしまう僕です。今回もそろそろやばいです。ツアーの日程やら、ジャケットのことやら、なんやらかんやらで、生来心配性の僕は落ち着くことがありません。だけど、もう肝心の中身は出来上がっているのだ。一番大切なことはいいものをつくること。ゆっくりだって、目立たなくたって、いいものができていればなにも心配はいらないのだ。どうも、宣伝などに精をだすのは性に合わないくせに人に任すのも嫌なので困ってしまいます。どうか皆さん、「ネオンホール」を聴いていいとおもったら誰かに教えてあげてください。まだもうちょっと先の話だけどね。



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2004年7月23日(金) 

『ネオンホール』の中に入っているブックレットにはマーガレットズロース3人の文章を載せる予定なんだけど、僕はもうネオンホールについては今までいろいろと書いていて改めて何をかいていいかわからなくなってしまった。気持ちが多すぎてどうしてもすっきりとした文章にならない。なんかいいこと書こうという気持ちが強すぎるのかもしれない。自分でつくるものに対して、自分でいいのか悪いのかわかってしまうというのはなんかおかしい気がする。すごくわざとらしいものになってしまう。これはいい悪いなんてもっと他の誰かに任せておいて、自分はただなんにも気にしないで自由だけに気を使っていろいろつくっていけたらいいと思う。自由なんてそれこそ気を使うものではないかもしれないけれど。自分のなかの価値にすらとらわれないように。

デザイナーの鈴木大介は中学からの幼なじみ。ほんとうは友達だからこそなるべくたくさんお金を出してあげたいところだけど、こんぺいとうからずっと彼にはほとんどボランティアぐらいしか出してあげられない。ほんとうに甘えっぱなしで申し訳ない。彼の事務所ではコミックCUEのカバーだとか、いろんなテレビ番組のタイトルデザインだとか、かなり大きな仕事もたくさん入ってきていて中学の同級生の中では彼は稼ぎ頭といえる。そんな忙しいなか、深夜からジャケットの打ち合わせに時間をつくってくれる。今日も終電で彼の恵比寿の事務所へ。朝までいろいろ話し合っていた。朝になってちかくのラーメン屋にいった。



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2004年7月24日(土) 

そのまま仕事にいけるようにシャツとズボン持参で恵比寿に行っていたけど、早い電車で一旦家に帰る。すぐバイトだと思うとすぐには寝れなかったけど少し休んで家を出る。最近はボガンボスばかり聴いている。ファーストアルバムははじめて聴いたんだけど、ブルーハーツのファーストに負けないくらいのテンションのアルバムだ。ボ・ディドリーのコーラスがなんだかすごくいい。全然違うけれど、友部さんや勝さんと一緒に演奏している気持ちになる。わが道を突き進んでいる人と一緒に演奏すると、もう説明のつかないうれしさがこみ上げてきて、結局笑ってしまう。ボ・ディドリーの参加している曲はバンドの勢いも違う気がする。

3時までバイトしてまた一旦帰ってからチョコパの拓ちゃんと、カーブの恭子さんの結婚披露パーティーへ。会場は渋谷の7thフロア。せっかく渋谷に行くので8/7の藪こぎのチラシをたくさん刷っていった。ライブがメインのパーティーで、コール天、ビューティフルハミングバード、残像カフェ、旭荘201、岩見十夢、チョコレートパフェ、カーブといった拓ちゃん恭子さんゆかりのバンドが出演していた。恭子さんの髪を短く切ったドレス姿はほんとうにきれいで、拓ちゃんはほんとうに幸せそうだった。どのバンドもこころを込めて演奏していた。マーガレットズロースは3人とも来ていたのでちょっとでもやらせてもらえないかなあとずっと考えていた。っていうかもう何をやるか考えていた。引っ越しがいいかな〜とか、紅茶の歌かな〜とか、パンツの歌で大騒ぎした方がいいかな〜とか。会場が大いに盛り上がるところまで想像してしまったが、結局出番はなかったのでした・・・。
だけどBGMでマーガレットズロースの曲が3曲も(紅茶の歌、自己偏愛家の歌、三三七拍子)流れていた。演奏できなかったのは残念だったけど、すっかり演奏したくらいこころのなかは盛り上がりきっていました。
チョコレートパフェの演奏では拓ちゃんが「旅立ちの朝」をうたいました。僕は拓ちゃんの一生懸命な歌が大好きです。恭子さんもうたってデュエットに。このカップルは一見恭子さんが引っ張っているように見えるけど、実は恭子さんが拓ちゃんにあわせているところも多いんじゃないかなぁと、歌を聴いて思った。ただ拓ちゃんのKeyに恭子さんがあわせていたからとか、そんな理由じゃなくてなんとなく。しかしほんっとうに幸せそうなふたりでした。「君が 僕を 知ってる〜」(RCサクセション)って聴こえてきそうな感じで。お互い言葉にしなくても伝わっているところがほんとにたくさんありそうに見えました。
それにしてもふたりのキスにはおれはほんとうに感動しました。なんといっていいか、とにかく素敵なキスでしたよ。なんというか、はじめてキスしたようにも見えるような美しいものでした。はずかしい気持ちに全然ならないの。いいね。ほんとよかった。

パーティーが終わってから渋谷のライブハウスにチラシを置きに。自転車できていた粕谷に遠いところはまかせて、おれは新宿ジャムとレッドクロスへ。
家に帰るとへとへとで足をもんでもらいながらいつの間にかよだれをたらして寝ていたそうです。



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2004年7月25日(日) 

昼は大介の事務所へ。岡野は昨日三次会まで行っていたのでこなかった。粕谷はキャンプに行って釣りをしているらしい。おれが神経質になりすぎてんのかなぁ。なんかくやしい。まあ自分のことだ、納得いくまでやるのだ。11時の約束、おれは1時間遅刻、大介は1時間15分くらい遅刻。
ブックレットの構成などをつめる。おれの文章を読んで大介が、相変わらず若いこと書いてるなーっていってた。自分でも最近自分の言ってることが、小学生くらいから変わってないなーと思う。
小学生の時の作文で、こんなことを書いたのを覚えている。

「もしも自分が数学がすごく得意で、でもあんまり好きでなかったとして、そして国語がすごく好きなんだけど、あんまり得意でなかったら。たとえ数学でなんかすごい法則を発見して有名になっても、僕はうれしくないと思う。」

みたいなこと。得意が先か、好きが先か。得意なものは結局好きになるかもしれないけど、いまおとなになった自分が小学生のおれにいいたいことは、
「好きでやってれば、絶対できるようになるぞ。だからやれ」ってこと。
だってできる可能性のまるでないもの、本気で好きになるはずないもん。
好きになる本能は、そんなに馬鹿じゃない。やれ、ただ好きなことやるだけだ。

家に帰って、夜は調布花火大会へ。いろいろ用事を済ませているうちに、彼女が大量の鳥の唐揚げをこしらえていた。でかした!大介のところからもらってきたエビスビールを冷やしておいたのでこれでこわいものなしだ!(ほんとは枝豆もほしかったけど)なんやかんやで家を出るのが遅れてしまって、雷が鳴り出した。雨降ってきたら延期かな〜なんて心配してたら、彼女がどっかの家が雨戸閉めてるんじゃない?って。こんな荘厳な音するかよって突っ込んでたら、その音の正体は、花火でした。もうはじまってたのか!

はじめ電車で行く予定だったけど、多摩川沿いならそのままチャリでいけるなぁと思って音のするほうへ走り出す。だんだん音がでかくなってきて、建物の合間に花火が見えた!真横から見ているような形や、音だけでもう花火は消えてしまってるのや。そんな会場にたどり着くまでの花火がよけいにどきどきしてよかったです。

会場が近づくとすごい人ごみで待ち合わせていたトカチさんと落ち合えそうもなかったので、こらえきれず唐揚げとビールに手を出す。たまたま見つけた客席のすき間が非常に具合がよく、花火が真正面に見えた。すごい音。この音がほんと好き。なんだか毎年忙しくて花火よそうかななんて思って、だけど毎年観に行って、結局毎年感動している。この感動を忘れられるから、また来年も感動するんだよなー。
ほんとに来てよかった!後ろで見ていたおっさんが、「これで終りだ、これで終りだろ」って10回くらい言ってた。そのくらい、すごい花火が最後の方で連発していた。
花火が終わってから、トカチさんとゆかさんと落ち合って、結局トカチさんの家にお邪魔することに。ビールの買出しにみんなで歩いていたら、もう腰の丸くなったおばあさんが、「今日は近くで踊りか何かあるんですか?」って。いつもより人がたくさん出ているのでわくわくして出てきた様子。「花火があったんですけど、もう終わったんですよ」っていうと、照れ笑いして「な〜んだ」って。かわいかったです。




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2004年7月27日(火) 

ひさしぶりに曲ができた。
ここのところこの日記や、健康保険の8月号に書いたことがそのまま歌になった感じ。今度のニーネとの藪こぎで演奏すると思います。
できない時はいくらやってもできないけど、できるときはギターもったとたんにでてくるから不思議だな。こういうのはほんと待ってるしかない。
あしたの練習でどんな風になるか楽しみです。



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2004年7月28日(水) 

午前中から大介のところで打ち合わせ。3時からバンドの練習。夜からミディで打ち合わせと、やること満載の一日でした。

あいかわらず大介は遅刻してきて、事務所のまえで待たされてる間
蚊に刺されたり、管理人のおじさんの相手をまるで意識しない世間話に付き合わされたりしていました。

3時間取ったスタジオのほとんど新曲のアレンジをしていた。家でぽろぽろうたっていたときは、のんきなレゲエ風か、フォークロック風だと思っていたけど、できあがってみるとやんちゃなロックンロールでした。
ほんとうにマーガレットズロースの曲は3人でできあがっていきます。
どうもここのところ岡野がなんでもかんでも楽しい曲にしたがっているみたいです。
「こうしたら、お客さんも一緒にうたえるでしょう?」とか
「ここはみんなうたってくれるまでやりつづけよう!」とか
あきらかにお客さんを意識した曲作りになっています。
実際スタジオにお客さんがいるんじゃないか、というテンションでやっています。
いつも新しい曲はライブで何回か演奏しているうちにできあがっていくかんじですが、もう2、3回披露してお馴染みの曲になっているような気さえします・・・

ミディではボブ・ディランのカバー「見張塔からずっと」について話し合う。
本来、「こんぺいとう」に収録されるはずだったこの曲。発売間近になってディラン側から許可されず、陽の目を見なかった。こんどの「ネオンホール」のライブDVDのハイライトにこの曲をもってきた。音源でダメならば映像で、ということで強引に入れたものだったが、果たして大蔵さん(ミディの社長)の許可はでるのか・・・
ビデオが流れている間、なんともいえない緊張が張り詰めていた。メンバーと原さんトカチさん、固唾を飲んで大蔵さんの言葉に耳を傾ける。結局OKなのかOKじゃないのかよくわからないトーンで説明は延々続き、結局、映像ならば問題ないでしょうという結論に!ただし、あくまでDVDは非売品で、値段のついていないものというスタンスをとって、曲名も載らない事に。
ほんとうによかった!まったくこの曲にはどきどきさせられます。



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2004年7月29日(木) 

きのう打ち合わせから帰るときギターを担ごうとして不意にまるで力の入っていない親指に垂直にギターの全体重がかかって、ぐきって。すっげー痛くて、あー痛えーって思ってたら、急に立ってられないくらい寒気がしてた。朝からコンビニのおにぎりしか食うひまが無くて、すきっ腹でもてなされたビールともやしのつまみしか口にしなかったのもあると思うが、かなりしんどかった。
朝になってもかなり痛い。バイトに持っていった水筒の蓋が開けられなくて困った。家に帰ってギターを弾いてみたら、平気だった。咳が止まらないときも歌をうたっている間は平気。不思議。



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2004年7月30日(金) 

バイト先の夏季運用でネクタイをしなくてよくなったんだけど、中学の時の半袖開襟シャツを着ているのでいよいよ学生っぽくなってしまった。(名札をつけていたところが穴が空いている)
バイト後、大介の事務所に行ったような気がする。



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2004年7月31日(土) 

深夜0時オープンのイベントまで時間があったので大介の事務所でデザイン打ち合わせ。いよいよ何がよくて何がわるいのか全然わかんなくなってきた・・・気持ちが落ちてくると何もいいと思えなくなってしまう。あれもやらないと、これもやらないとということが山積みで、ちっとも目の前にあることに集中できない。

なんでもできるような気がするときと、なんにもできないような気がするとき。
できる気分の時だけ仕事ができればいいのに。結局そんなときにしか仕事は進まないので、駄目な時はあきらめればいいんだけど何だか落ち着かない。
思春期でしょうか?
今日はなんにもやらない日って決めて、あたまの中をからっぽにしたい。
でも結局バンドのことで落ち込んだ時はバンドのことでないと立ち直れないのが常で、夜中にうたって少しすっきりしました。

モナレコードで久しぶりにtwellveと田所君に再会。
お互いの音楽の間には長く会っていないうちになんとなく違和感みたいなものがあった。この違和感というものは純粋に音楽をしていれば当然のことで、とてもいとおしい違和感だと思います。そこからいまの自分も見えてくる。
酔っぱらってぐてぐてしながら、ふとのびてくる田所君の歌声がまっすぐ届いてきました。もっとゆっくり話したいとおもいながら、なかなか話せない人がたくさんいる。そんな時、向き合うべきなのは、ほんとうは自分自身なんじゃないかと思った。



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Akiary v.0.51