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2004年8月1日(日) 

2時頃起きてそうめん。
おかずに3個で100円のもずく。
どんなもんかと思ってかってみたけど、なんともいえないおもちゃみたいなすっぱさ。いままで100円ショップでいろいろ買っては見たものの「どうせ100円だし」という感覚で買ってしまう時点で負けている気がする・・・
そうしてどんどん物に対する愛着がなくなっていくし、食べ物にしても結局まずくて全部食べられなかったというものが多い。(8/5現在、もずくいまだ健在です)
食べ物を買う時になかなかそれがまずいという想像ができない。プリンを買ったときもまずいプリンなんて想像できなかったけど、あるんですよ、まずいプリンというのも。ふつうちょっとずつ大事に食べるものですが、あんまりな味わわないようにたんたんと食べました。
夕方スーパーへ。向ヶ丘遊園周辺は深刻な新鮮な魚不足で、いつも魚が食べたいと思ってでかけても売り場のどんよりした雰囲気に一気に萎えてしまいます。
今日はちょっと足を伸ばして登戸のスーパーへ。
近所のダイエーにはないめずらしい野菜や、魚がわりと安く売っていました。
何か食材を見るたびに、その日の献立がぐるぐるまわっていく。
ゲソ唐・・・タコ唐・・・鳥唐・・・(つまりから揚げ)
結局鳥唐にすることになったのだけれど、さんざんあちこちうろちょろしてたので
そろそろ肉が安くなってるかもと思って行ってみると、手羽先がグラム60円でしかも30円引きになっていたので、手羽先の唐揚げになりました。
(魚の予定だったのに、やっぱり新潟育ちでうまい魚いっぱい食ってた僕はなかなかそそる魚に出会えません)
にんにく、鷹の爪、生姜、醤油、酒、ごま油に漬け込む。
ほんとは小麦粉と片栗粉を半々でころもにするのがいいらしいんだけど、片栗を切らしてたので小麦粉だけで。
とうぜんレモンを搾る。家では一切れずつつかってたらわるくなってしまうのでいっきに2分の1搾る。
ほんとに馬鹿みたいに鳥唐好き。らーめんより、好きだな。



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2004年8月2日(月) 

バイト後、彼女となんかおやつでも食いに近所をうろついてたらほんとに腹がへってきて夕方から回転寿司へ。いやー陽のあるうちにすしを食うって、なぜか贅沢な気がしますねー。あの忌々しい寿司ショック(7/7日記参照)から約一ヵ月後のリハビリ寿司。やっぱり岬水産の寿司はうまかった。二の丑なのでうなぎの寿司を食うか、寿司はそこそこにしといてあとでスーパーでうなぎを買って帰るか、迷いましたが目の前のうなぎの照りに負けて食べてしまいました。ちょっと食べるつもりが結局満腹に。今日のネタでは、炙りサーモンが特に◎。でもサーモンと炙りサーモンで100円も違うのは、「金をかけずに手間かけろ派」の僕にはちょっと納得がいかず、いつか家でサーモンを炙ることを心に誓いました。(うちにはディジュリドゥーをつくるために買ったバーナーがあるのです)

話は変わってネオンホールの盤面のイラスト。デザイナーの大介には上から見下ろす立体的なアングルの絵がいいと言われるが、僕は実は立体的な絵が描けません。描けないと言うより、あんまり立体的な絵が好きじゃないんです。
そんなふうに見えっこない、そんな角度ちょっとおかしいという絵が好きで、
ほんとうはどういうふうに見えるかということにあまり興味がない。
絵ですからね。
(「こんな日を待っていたんだ」の絵は、なぎら健壱さんに「うその絵だ」といわれましたが・・・)
あんまり正確で器用な演奏ができなかったり、好きじゃないのとおなじかもしれません。そんなわけで自分なりにパノラマ式の絵を描いてみました。
これは、おもしろい絵だなー



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2004年8月3日(火) 

彼女のスクーター、スワニーがやって来たおかげでうちのアパートには自転車2台とスクーター2台と、前にごみ捨場から拾ってきたパンクしたキックボードがほぼ常駐している状態になり、大家さんからかなりプレッシャーをかけられる。
自転車ででかけるときは彼女は大抵自分でこがないで僕の後ろに乗るので、彼女の実家に返してやることに。僕が自転車をこぎ、彼女がスワニーで伴走。坂道がほとんどの道のり、「茄子 アンダルシアの夏」みたいになってました。
(途中、アライグマの親子が道を横切りました)
こいでる時は気づかなかったけど、着いてみたら相当疲労していました・・・

その後彼女の実家の車でおっきなスーパーへ買出しに。
はじめてのスーパーで買い物するって、なんかその街に引っ越ししてきたみたいで楽しい。特に目当てもなくぶらぶらしてたらいつの間にかすごい量の食材がかごに放り込まれていた。空腹のせいです。買い込んでしまうのは、それがうまそうだからじゃなくて、それを料理して一緒に食べているのを想像すると楽しくなってしまうから。
買い物している1時間くらいの間に、1週間分の食卓の笑顔が頭に浮かんでくる。
早くも炙りサーモンの夢を達成すべく刺身用サーモン購入!
家の冷蔵庫でレタスとトマトがそろそろ思春期だったので(グレはじめるということ)タコスを思いつく。
そんなこんなでいろいろ買い込んでいるうちにほんとに耐えがたい空腹に襲われ、結局焼肉に落ち着く。安い肉をうまいタレで食おうということで、タレも家で作ろうと思ったんだけど、ハングルで書かれたタレのジャケットがいかにもそそったので奮発して買いました。
レジにいくと最初にかごに入れたものがつぎつぎと発掘される・・・
古い地層からイカが発掘された時にはイカと大根の煮物を作ろうとしていたことなんかすっかり忘れていて爆笑してしまった。

夜10時から焼肉。米が炊けるのを待ちきれずサーモンをバーナーで炙る。
寿司屋の炙りサーモンがうまいのはそれが炙られているからではないということが分かりました・・・やっぱりサーモンが問題です。しかし食べる以上にあぶるという行為は楽しいものでした。ボーーー!!!
ハツ(うし)、なぞのかたまり(うし、)とんとろ(ぶた)、ソーセージ(ハーブ入り)を一気に焼く。もちろんビール。安かったキムチがかなりうまくてびっくり。野菜もたくさん食べて満腹。さらにアイス。
そんで絵描いて寝た。



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2004年8月4日(水) 

今日の練習で今度の藪こぎ用音源を録音する。
練習前にタコス。
すげーうまい。
やっぱり挽肉料理ってすごい。
思わず昨日うまかったキムチを挟もうとするが、やめておけといわれて試さなかった。うまけりゃそれでいいのに、最終的にスタンダードな食べ方で落ち着けたくない気持ちがいつもあって、たまにとんでもなくまずい料理を発明してしまう。
前にすごいせつねー思いをしたのが、トマトとしらたきと長ネギを味噌で炒めたやつ。歯ごたえもかなりひどかった・・・勢いだからね、うまくもまずくも。

タコス生地はなくなったのでパンに具を挟んで練習の弁当にした。


最近食い物のことばっかで音楽のこと書いてないなー・・・

練習はジャムのスタジオの録音用MDがうまく使いこなせず、1曲1回ずつくらいしかできなかった。
この前のモナレコードでやった「かっこいいこと言おうとしてた」。
メンバーが忘れないようにリズムを変えてみた。いい感じ。
もう1曲なんにしようかと話し合って、あがたさんのカバーで「神様なんているのかい」とか今度のネオンホールにも未収録の「部屋でうたっている気持ち」とかが候補にあがる。ニーネの「ブギママ」という歌がかなり意味なし言葉曲だったので、それならこの前道を歩いてて頭に浮かんできたフレーズで1曲つくってしまおうという事に。そうして「石鹸」という曲が生まれだした。
楽しい2コードの進行に合わせて、
「僕の彼女は安い石鹸で顔を洗う」と連呼。
パンツの歌みたいにどんどん変わっていく曲になりそうです。



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2004年8月6日(金) 

もう何日も前の日記を書くのって大切なことかな?

手帳を見ながら振り返って日記を書くのもなんだかむなしいので覚えてる範囲で。


あしたは藪こぎ。実は全然予約が入っていなくて、0時を過ぎるまで電話やらメールやらしていた。
ライブの誘いの時だけ連絡をとったりする友達。迷惑に思う人もいるかもしれないけど、薄情な僕は大切なライブでもなければ自分から連絡しない人も多いと思うので、こうして数ヶ月に1回でも連絡をとれるのはバンドをしていて得なことだと思う。たとえライブにこれなくても、最近どうしてる?からだに気をつけてね、なんて話し合って終わるだけでもいい。「現在使われておりません」なんて流れる人にまで電話してぎりぎりまでがんばった。(もっとはやく架けろ)



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2004年8月7日(土) 

「藪こぎ」当日。
入り時間が遅かったので、リハ前に「QUIP」の取材があった。
あいかわらず粕谷はほとんど話さず。
新しいアルバム「ネオンホール」のことについていろいろ話す。
インタビュアーのナラダテさんはずっと昔からマーガレットズロースの記事を書きつづけてくれている。僕はナラダテさんに新曲やアルバムのことを話すよりも、ナラダテさんがどう思ったのかを訊きたかった。どうやら彼女にとってははじめてマーガレットズロースを聴く人にはいままでの音源をたどってから聴いてほしいという内容だったらしい。
いままでのマーガレットズロースを知っている人、知らない人、いろいろな人にこのアルバムを届けたいけれど、一番に捧げたいのはネオンホールの人たちと、あの日ネオンホールに来てくれた人たち。そんなとても個人的なアルバムかもしれないけど、誰もにとどけたいアルバムなんて誰かにとどくのだろうか?僕は歌だってまだあったこのない人を考えてつくったりしない。とても身近な人に聴いてもらいたくて、どんな顔するか考えたりしながらできあがる。そんな歌じゃないと、僕がやる意味がないと思うし、まだあったことがない人にだってとどかないと思う。
ほんとに誰かひとりに宛てた手紙みたいなアルバム。僕のところにはもうちゃんと届いています。

ライブ後、打ち上げでニーネの大塚さんと最近の曲についていろいろ話しあう。
大塚さんに、僕はおなじネタでたくさん曲を作っているといわれる。それは確かにまちがいない。自分でわかるし、それでいいとも思っている。僕はそのとき自然に出てくる曲は、無理にいじる必要はないと思うし、同じようなことをうたった歌でも一歩は進めているつもり。大塚さんは曲ができても人前で歌うほどのことでもないなあと思えば部屋でうたって済ませてしまうらしい。聴く人の価値観を変えるような歌でなければ意味がないという。まだ自分の価値観が変わっていないので、いまの僕にはこれしかできない。
あと「平井君の彼女がかわいくても俺には関係ない」「ひとりは救えてもみんなは救えない」と言われた。確かにそうかも。だけど僕がみにつまされる歌って結局その人が自分の好きなものを自分勝手にうたっている歌で、そういう歌を聴くと、自分の大切なものを思い出したりする。誰かを救いたいって思ってうたってる訳じゃないけど、誰かひとりを救えるなら、その人はまた誰かを救うかもしれない。
自分の出来ることに満足しすぎの僕と大塚さんとでは作曲論ではことごとく一致しない。それでいいんだと思う。大塚さんにいろいろ言われて「なるほど、そんな曲かけたらいいなー」なんて考えながらもお互いニコニコしていた。
結局作曲論なんて作曲論なんである。ライブがよかったのでいろいろ文句言いながらニコニコしていた。

「べいびー」なんて聴いたら、大塚さんは「甘い」と言うだろうなーと思った。それで「べいびー」をうたったところが、今年の成長なんじゃないだろうか。



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2004年8月8日(日) 

朝まで打ち上げ。勝さんのおもしろトークを紹介したいところですが、僕の拙文ではとても伝えきれないおもしろさなので自粛します。

昼から仙川の森のテラスというところでタイニーカフェ5周年記念のお祭り。目覚ましをセットした時間には起きれませんでしたが、彼女とバイクに乗って出かけました。
仙川の静かな住宅街の中にほんとに森があって、その中に秘密基地のような佇まいの家が一軒。森にはきれいな色とりどりの旗が吊るされていて一気にこころをもっていかれた。普段は庭だけ開放されていて、建物にはちゃんと人がすんでいるらしいですが、この日は家も開放されていてタイニーカフェゆかりの人たちが50人以上も来ていた。その光景は両親が旅行に行っている間友達を呼んでこどもだけで生活しているような、からっぽの校舎で宝探ししているような感じ。そこかしこで蝉が鳴いて、縁側がステージになってクラリネットやピアノの演奏や、異国のダンスが披露されていた。座敷には手づくりの料理がたくさん並べられていて、裏庭には座り心地のよさそうなソファー。クーラーなんかなくても涼しい風か通っていて、射して来る日差しは木の葉の影がゆらゆら揺れていた。
あまり寝ていぼんやりした頭でほんとに夢ではないかと思ったほど、素敵な時間が過ぎていった。
飛び入りで演奏もさせてもらった。「紅茶の歌」「風鈴と西瓜」「野良猫ワルツ」をうたう。昔、巣鴨とげぬき地蔵のお寺の境内でライブをしたときを思い出した。とてもいい気持ちでうたった。どの曲もいつもよりとてもゆっくりしたテンポで。
いつかここで「藪こぎ」をしたいなあと思ったけど、メンバーにこの素晴らしさを言葉で伝えられるかな?友部さんや勝さんや田所君や双葉君、出演してほしい人が次々浮かんできた。

こんなふうにふらっとやって来た場所で毎日歌をうたえたら、歌い手として最高だと思います。



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2004年8月9日(月) 

手づくりの皮で水餃子を作る。
餃子の醍醐味はあんではなく皮と知る。
本には皮づくりの工程がいろいろ書いてあるけど、ほとんど適当につくった。
だけどいちいち細かく説明されているのがむかつくくらい、できあがった餃子はうまかった。素人の仕事は約束がないところがいいのだ。粘土こねるみたいに顔の形にしたり、めん棒使うのめんどくさくなって手で広げたりしてたけど、買ってくる皮よりもよく伸びるし、くっつきがいいので包むとき融通がきく。
また包むのが楽しいんだよね。なにか友達とゆっくり話したいときなんかは餃子大会をするのがいいんじゃないでしょうか?
皮だけでも満腹になるくらいのボリュームだったのに、普通に米炊いてビールも飲んだので、食後気を失ったように寝た。



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2004年8月10日(火) 

寿町フリーコンサートに向けて、友部さんと渋谷のスタジオでリハーサル。
僕がはじめて寿町にいったのは3年前。友部さんを観にいったのがきっかけだった。友部さんがステージに立つと、みんな静まり返った。歌のひとことも聞き漏らすまいと必死に神経を集中しているようだった。あの時聴いた「フーテンのノリ」は今でも忘れられない。歌のなかで言葉はなんども最高潮に達してそのたびに拍手が巻き起こった。まるで即興のジャズみたいだった。みんなうたえるくらい聴き込んでいるだろうに、寿町で友部さんの歌を聴いた人たちは、きっと自分も放浪して路上に立ってうたっている気持ちになっていたのかもしれない。
 
 僕は何でも知ろうと思った 路上に立って歌をうたった
 だけど僕には知識は重すぎた うたうってことは軽くなることさ

そして今年は友部さんと一緒に寿町に立つことになった。練習は今日一回きりだけど、なるべくなにもやろうとしないでそのままステージに立ちたい。そしてそばでうたう友部さんを観たい。自分でいうのも恥ずかしいけど、僕はマーガレットズロースと一緒にうたっている友部さんが大好きなのだ。

リハーサルでは友部さんの新曲も練習した。友部さんはファンクっぽいアレンジで、と考えていたようだけど、どうしてもドンチャカしたかわいい曲だと思った。「speak japanese american」という曲で、風刺の利いた詞がのんきなリズムにぴったりだった。友部さんもファンクにはそれほどこだわらず、僕らも結局ファンクは無理だったので、ドンチャカに落ち着いたのでした。

「遠来」のアレンジで友部さんが思いついた重たいドラムのリズム。どこかに入れてみたらよさそうだという話に。以下会話の抜粋です

「どこにいれましょう?」(平井)
「どこか、いいところだね」(粕谷)
「うん、いいところ」(岡野)
「深いところだね」(友部)

こんな感じであまり何も決まらず、楽しいリハーサルは続いたのでした。
雰囲気伝わりますか?



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2004年8月11日(水) 

吉祥寺スターパインズカフェにて弾き語り。

話は変わって高校の頃。コピーバンドなんかやってた僕は(何のコピーだったかはいえません)学園祭でうたう時も、夏休みにバンドの練習場所だったの畑の小屋でうたう時でも、いつも声を出す前にはストレッチしたり、発声練習なんかしていたのでした。ちゃんと「ロックボーカル」とかいう本に書いてある通りに。
当時は自分で曲を作ってうたえるようになるなんて自信はなくて、うたうのは好きだけど自分で曲書くのでないといやだなーなんて不安に思っていました。
誰かの作った歌をうたってた頃は、上手にうたうことが大切だと思っていたみたいです。

それがいつのまにか自分の伝えたい事が歌にできるようになって、気が付いたら全然「うた」の練習なんかしなくなっていました。
上手くうたいたいなーとたまに思う事もありますが、上手にうたっているのを聴いても感心しても感動しないようです。

で、今回の弾き語りライブ。「自分はどれだけうたえるか?」をテーマにしようと思いました。例えばちゃんと音程を正確にうたえるのか?とかきれいに声がのびるのか?とか、そういうわかりやすいこと。バンドでうたって、感情的になりすぎて、ちゃんとうたう事なんてそっちのけでやってるから、俺は果たして「やればできる子」なのかを確かめてみようという実験的試み。

それでちゃんと本番までに生田緑地でうたいこんでからのぞもうと思っていたのに、結局いろいろいそがしくて(なにがいそがしかったかは覚えていません)やる曲すら決まらずに吉祥寺へ。いろいろ仕込みたかった・・・

そしてライブが始まると、出る人出る人うたが上手で、
(う〜む、これはやっぱり自分の仕事ではないな・・・)
とやる前から挫折してしまったのでした。
なんというか、同じ音楽という世界や、歌をうたっている人同士なら割と近いところでがんばっているように思うかもしれませんが、真剣になればなるほど、周りの人たちと違うものになっていくと思います。どっちがいいとか悪いとかでなくて、もうがんばり方が違うわけです。
「歌」そのものにアプローチしていくやりかたと、なんというか「生活」にアプローチしていくやりかた。僕はむしろ歌をつくるときには歌から離れていきたい。
曲になるためにできあがった曲は、うたわれるときも結局「曲」だと思う。
僕は「曲」や「うた」には感動しません。
感動するのはやっぱり「人」。
自分のことだと思えること。そういうものが好き。

曲目

1.べいびー
2.たぶん飛行機を見ていた
3.スタンドに捧げる
4.引っ越し
5.かっこいいこと言おうとしてた
6.今夜のライブの話をしよう
7.たんたんたん
8.天才秀才馬鹿

でも結局なんだかんだいってすごく丁寧にうたいました。
でも、「間違える」なんてことがあるんでしょうか?自分の歌で。
伝わる事がいちばん大切。
正確な方が伝わることもある。正確だと表面的にしか伝わらないこともある。

美空ひばりのうたを聴いてみたかった。



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2004年8月12日(木) 

3年連続で出場となる「寿町フリーコンサート」。
マーガレットズロースにとっては長野のネオンホールと同じくらい特別な意味があるステージです。
ネオンホールでもそうだけど、そのステージに立つとなにかと一体になるような感覚がある。自分であーしよう、こうしようという意思が立ち入れなくなって、自然発火。気がつくと、もうこのあとどうなったっていい、という気持ちになっている。終わってみると、どこか違うところでおなじふうにやろうとしても絶対くりかえせない何かが、瞬間的にそこにあったことがわかる。

だけど僕は寿町のことは、ほんとは何も知らないのだ。
日雇労働者の町、ドヤ街、横浜の観光地図には載らない町。

はじめて寿町で演奏したときの高揚感は、きっと普段自分がいる世界とは違うところにきているという好奇心から来ていたのではないかと思う。いつも立っているステージよりもずっと高いところで、見渡す限りの人、人、人。経験したことが無いような熱気に包まれて、桟敷の骨組みにしがみついて見ているお客さんから「お前らスゲーよ!」というやじが飛んでくる。上から水が降ってくる。自分の父親よりもずっと年上に見えるおじさんが「おやじ」でステージに上がってきて踊っている。(つづく)



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2004年8月21日(土) 

ドリトル先生シリーズは「動物園」まで読みました。
ここらでちょっと違う読み物をはさもうと思って、多摩図書館で彼女に勧められた「ふたりは屋根裏部屋で」(さとうまきこ作)という本を読んでいます。
古い洋館に引っ越してきた小学6年生の女の子が、開かずの間になっている屋根裏部屋からタイムスリップしてしてしまうお話。
ドリトル先生より対象年齢がちょっと上がったようで、最初はちょっと戸惑いました・・・(小学上級以上って書いてあります)
家でひとりきりになった時だけ、止まっていた古時計が動き出し、鍵のかかっているはずの屋根裏部屋から50年前にタイムスリップできるのです。ちょうど主人公の女の子と同じ年の女の子がそこに暮らしていて、ふたりは友達になります。

その子は両親には内緒で時間を行き来しているのですが、もしも自分に娘がいて、「今日屋根裏部屋から過去にタイムスリップしてきちゃった・・・」なんて告白されたら、俺、信じるかなぁ?と想像してしまった。

たぶん俺は、ろくに疑わずに(・・・たいへんな事になった)としばらく考え込んでから、娘に詳しくそのときの事を訊いて、妻とどうしようか相談して、家族でいろいろ夜遅くまで話し合って、最終的には笑いながら、とりあえず今日は遅いからもう寝ようか?なんていって、布団に入って(やっぱりそういうこともあるんだなぁ)ってうなずきながら、(この話、誰に話そうかなぁ)っていろんな人の事を思い出して、(でも別に過去とか未来とかあんまり行きたくねーなー)とか思いながらいつのまにか寝て、ぜんぜん関係ない夢とかみてそうだなぁ

もしも過去や未来からタイムスリップしてきた人がいたら、僕は相談に乗ります。
でも宇宙人とか幽霊とかそういうのはおっかないからお断り。
座敷わらしとかツチノコなら可。
男と女のこころと体が入れ替わってしまった、とかもOK。



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Akiary v.0.51