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2005年7月15日(金) おやすみ前の日記

今日からゆみこと長野に来ています。いままでなんどとなく訪れた街だけど、今度はちょっと気持ちが違います。
10日間滞在するので、ナノグラフィカのあやちゃんに近くのおすすめの魚屋さんや洗濯のしかたやなんやかんや教えてもらいました。
つまりここで生活するということです。
いままで好きなところしか見えなかった街のいろいろな顔が見えるかもしれません。
明日からいよいよ平井正也展「うしろにある絵が見えますか?」がはじまります。
こんなにたくさんの絵を一度に飾るのははじめてです。こんなに準備に時間をかけることができたのもはじめてです。そのぶんいままでで一番お金をかけずにやれました。どの絵もとてもかっこよく並んでいます。
今夜から最終日まで、寝るまえに布団のなかで短い日記をぽちぽち打とう思います。

たくさんのひとがナノグラフィカに来てくれますように…



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2005年7月16日(土) はじまりました

ねむらなかったので布団のなかで日記をかけませんでした。
個展初日はあまりお客さんはこなかったけどきてくれたひととゆっくりできました。
諸事情でナノグラフィカでもマスターを任されることに。
いかにして珈琲に愛情をそそぐか学びました。こんな手間、必要なのかな?それでどう味がちがうのかな?ってこと満載レシピで、タイニー1日店長とは随分勝手が違います。
たくさんのちいさな約束のあつまりが生活のかたちを作っているような気がしました。自分のなかにある約束は自分ではわからないけど、きっと誰かになぞってもらったら約束だらけなんでしょう。それは決して文章になったりしないけど、本にしたらとても分厚い本になるはずです。でも他人のそんな生活ブックを読んだとしたら、きっとふきだしてしまうような、愛すべき書物になるはずです。居候初日はそんなことを考えました。
ネオンホールでスーパーネオンホールというお祭りに、マーガレットズロースが出ました。信じられないくらいの汗をかきました。
2日間で30組もでるこのイベント。連日深夜におよびますが、今回は時間を気にせず楽しめます。夜も更けてからの弾き語りが素晴らしかったです。明日はソロで出させてもらいます。
自分ではこんなふうには弾けないなーという演奏を聞きながら、同じうまいでも腹のたつようなうまさと、引き込まれるようなうまさがあると思いました。
そして同じ下手でも腹のたつような下手さと引き込まれるような下手さがあると思いました。やっぱりうまくてもへたでもどっちでもいいんだな。

平凡がいいことかわるいことかわからないけど、平凡なしあわせに感謝できることがいいことであることは間違いない、そんなことを平凡万歳!をうたったあと話しました。

ぼくの彼女は
やすい石鹸で顔を洗って
ぼくの彼女は
やすいとうふをおいしいといって

なんだか負け惜しみにも聞こえかねないけど、いまはそうとしか説明できない。
これはほんとにしあわせなことなのだ。
もっと感謝できる人になりたいと思います。



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2005年7月17日(日) 自転車に乗った

スーパーネオンホール初日を最後まで楽しんだ後、1時間ほど眠って釣りにいきました。バンドのメンバーと入りは別々、ライブだけして帰りも別々ではすこしさみしいので。
なにも釣れませんでしたがいい遊びができました。帰りは一緒に行った岡沢じゅんくんに送ってもらって楽しいドライブ。
「楽しいことだけやっていくとか、自分のリズムで生きるとか、やってみたら意外とできちゃったりして」という最近のぼくのテーマを、長野で実践しているのがじゅんくんです。
おんぼろのいかした軽自動車に乗せてもらって、じゅんくんの家に寄りました。

じゅんくんも結婚していて8ヶ月になる息子、育(はぐ)もいます。家には大きなキャンパスに描きかけ絵がありました。見ていて、やりたくなる絵でした。じゅんくんの連れのさやかさんの絵も見せてもらいました。やはりとても大きな絵で、やりたくなる絵でした。

ナノグラフィカに帰ってきて少しひるね。昼すぎにお客さんが絵を観に来てくれたので、起きて少し話してから、ひるご飯の水餃子を作りました。
長野産の小麦粉をこねてもっちりした皮が完成。ナノグラフィカでは野菜はいつも誰かにもらって困る事はないのですが、基本的に肉や魚や卵がありません。挽肉を買いに近くの肉屋へ。自転車に乗るまでもない距離でしたが、自転車を借りて。
これが大事件でした。いままでいろんな所へツアーに行きましたが、そこで自転車に乗ったことは一度もなかったのです。
こんなに気持ちよく自転車漕いだのは何年振りでしょう。長野の街が自分の街になったような気持ちになりました。はじめて自転車に乗れるようになった時って、きっとこんな気持ちだったのです。うぎゃー!
そして今夜は「自転車にのって」をうたおうと、思いつきました。

日も落ちかかった頃訪れた一組のお客さんの顔をよく見ると、なんと新潟のおじさん夫婦でした!わざわざ展示と、今夜のライブを観に来てくれたのです。
ゆみこを紹介して、それからおばあちゃんの話しや、おやじの話しをしました。
おばさんはぼくの絵をとてもやさしいといってくれました。いい時間が流れます。

あっという間に時間が過ぎてしまって、ネオンホールにつくと今夜のトップバッター、ボスダブがはじまっていました。すでに満員状態!それにしても2日目は濃いバンドばかりでした。
花団やゴーグルエースなど熱いバンドがつぎつぎ登場して会場はほとんどサウナです。
日付も変わって、ぼくははじめてひとりでネオンホールのステージに立ちました。
言葉にはあらわしにくいですが、きっとたくさん笑っていたように思います。最後に「ネオンホール」をうたいながら客席を歩きました。ほんとうに感謝したくて、そんな気持ちでうたうことができました。ありがとう!

たくさん長野のバンドを観て思ったのは、お互いに尊敬しあって純粋培養されている濃密なシーンであるということ。これはすこし離れたところから見ないとわからないことかもしれませんが、誤解を恐れずにいうと、みんなお互いにどこか似てしまっているところもあると思いました。
そういうところから自由だったのは、アコースティックアンバーランド、テケテケ天狗といった若いバンド。
このネオンホールという強力な磁場のなかで、それとはまったく無関係に爆発するひとがこれからもっと現れたらおもしろいと思うのです。

とにもかくにも最後まで満喫したスーパーネオンホールは、みんなだれだってやるべきだ、というメッセージを勝手に感じまくった素晴らしいお祭りでした。
外から中から、ささえ盛り上げ楽しんだネオンボーイズやスタッフのみなさん、ほんとうにお疲れ様!ありがとう!

今夜ナノグラフィカは定員オーバーで、戸隠の陶芸家の純子ちゃんの家にお世話になりました。
夜空の星の凄まじさ、一瞬で今夜の出来事を忘れてしまいそうでした。



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2005年7月18日(月) 定休日

ナノグラフィカは月曜定休。
純子ちゃんの案内でとても濃い定休日になりました。

なんといってもまずはお蕎麦。
戸隠で一番有名な「うずらや」が店の外まで列ができていたので、「よつかど」へ。ひとくちひとくち減っていくのがおしい蕎麦。いままで冬にしか戸隠に来たことがなかったので、見た目にも気持ちがいい蕎麦でした。
常連の純子ちゃんの顔で、ズッキーニのからし漬けと筍の煮物もついてきました。

それからネオンホールプロデュースの演劇「楓ヶ丘天文台」を観に松代藩文武学校へ。ナノグラフィカのたまちゃんが演出、そして出演もしています。
弓術所を閉めきり、幕をはって空間をつくっていたので大変な熱さでしたが、目に入ってくる舞台、耳にとどく言葉はどこか涼しくてこころに沈んでくるものでした。
ことばではうまく伝えることができない気持ち、ではなくて、ことばではうまく伝えることができない、ということそのものに焦点をしぼっているようなお話しでした。それでもことばしかないのだ、という姿勢も感じました。
「あれですね」というような台詞が印象的。
とても静かな舞台でしたが、問いかけてくるようないい時間でした。

それから近くの池田満寿夫美術館にいくか松代象山地下壕に行くか迷って、地下壕へ行きました。
第二次世界大戦末期、軍部が本土決戦最後の拠点として極秘のうちに大本営、政府各省を松代に移すという計画のもと構築した松代象山地下壕。
全工程の75%の時点で終戦、工事は中断されたままいまでも碁盤目のように堀り抜かれた10キロメートルもの穴だけが残っているのです。
入り進んでいくごとにどんどん寒くなる地下壕。
いまでも暗がりの向こうでなにかの作戦が練られているような気がしてしまう。
すぐ側に民家が立ち並んでいるような山の中に、異界としか言いようのない空間が広がります。当時の金で約2億円の巨費と延べ300万人の住民及び朝鮮の人が労働者として強制的に動員され、多くの犠牲者を出したといいます。
入場無料。見れてよかった。

夕ご飯は純子ちゃんおすすめの定食屋「柚香」へ。
とても満足の銀だら定食、小鉢2つ付。たくさん話しながら今日の出来事もゆっくり噛み砕いているうちに、純子ちゃんの両親も偶然来店。
おかげさまで濃い一日になりました。ありがとうございました!






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2005年7月19日(火) こんないち日が毎日ならば

起きてまずうどんを打つ。
生地を寝かせている間に開店準備。掃除をして店を開けるというのはなかなか気持ちのよい作業です。うどんの具にねぎと椎茸を買ってきました。長野で売っているきのこはみんなでかくて強い匂いがします。苦戦してできあがった味噌煮込みうどんは麺が短くて雑炊みたいでした・・・。

汗かいて食べ終わってから、気合をいれて2階の大掃除。ながくお世話になるので掃除は当たり前ですが、なかなかやりごたえのある仕事でした。きれいになったあと、O型女子2名に「やっぱりA型がひとりいるといいねー」と言われました。
マーガレットズロースは全員A型です。
ちなみにナノグラフィカ住人のあやちゃんいわく、「泊まっていくバンドのなかで、一番ロックなやつが一番早く起きる」そうです。なぜか納得のいく話。

それから自転車を二人乗りしてあやちゃんおすすめのお店にチラシ配り。
喫茶店、甘味処、本屋、パン屋、ギャラリー、古着屋、画材屋。こうして長野の街がぼくのなかで有機的に結びついた気がします。みんな丁寧に受け取ってくれました。
しかし途中で自転車がパンク。おかげで親切な自転車屋さんの場所まで知ることができましたよ。

日も沈みかけた頃、ライブにいつも来てくれるみったんが絵を観に来てくれました。正直、ここへ来る前はポストカードや、やもさんや、Tシャツがたっくさん売れないかな−と期待していましたが、もうただ絵を観に来てくれる人がいるだけでめちゃくちゃうれしいです。
「待つ」ということはなかなか大変なことでした。
この日来てくれたみなさんほんとにありがとうございます。

今夜はじゅんくんの家にお泊り。
スーパーで買出しして夕ご飯は豚の生姜焼き。
食べながら岡沢夫婦の誕生日が二人とも「いい肉」の日(11月29日)だということがわかりました。両家のふしぎな共通点などでなごむ食卓。ご馳走様でした!
眠ったハグくんを起こさないように夜の散歩で24日の打ち合わせ。
「こんなふうにやっています」という同じタイトルの曲をお互いにつくって、ライブの最初と最後に披露することに。
一緒に演奏する曲を相談したりしながらあっというまに町内を一周。
じゅんくんの演奏をたっぷり聴けるのがとてもたのしみです。

ほんとに毎日夏休みみたいだー!



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2005年7月20日(水) たくさん話した日

じゅんの家からナノグラフィカに帰って来て、一緒にやる曲の練習をしていると、いつのまにかハグとゆみこは眠っていた。いい子守唄になったようです。

昼はじゅんの家でスパゲッティ−を作らせてもらいました。シメジと粗挽きソーセージのペペロンチーノ。4人前は、ちょっと薄味に仕上がってしまいました。よその台所で料理するのはなかなか手際よく作るのがむずかしいです。

3時頃またナノグラフィカにもどってくると、お店の前に車椅子が。
もしかして、と思ってお店をのぞくとユカルさんが来てくれていました。
先日、表参道FABでのライブの後、たぶん長野に行きますと熱く握手をしてくれたユカルさん。読んでくださいといって「やもさん」を手渡そうとした時、彼はまったく目が見えないことをはじめて知りました。それなのに遠く神奈川から、つきそいの鶴巻さんと一緒に電車で来てくれたのです。うれしくて調子に乗って、「やもさん」や「Dr.ハポンのいったこと」を朗読してしまいました。
ユカルさんはギター弾きなので、おたがいにエールをおくるように何曲かうたいあいました。マーガレットズロースを聴いて、久しぶりにできたというオリジナル曲は、自分の言葉を深いところから探り当てたような曲でした。
顔で弾いているつもりのぼくのギターの音やバンドのノリを、理屈を超越しているといってほめてくれたのは本当にうれしかった。音になっていないものも聴くことができるんだなぁ。
帰りには手触りを気に入ってくれて、やもさんを買ってくれました。ありがとう!

今夜はマルさんのアトリエにじゅんも一緒にお泊り。
マルさんは絵を描いたり、竹笛を吹いたりしている人で、前回の絵本展で「やもさん」を気に入ってくれてぼくを誘ってくれたのです。
アトリエというよりは田舎の古寺といったたたずまいの一軒屋で、はじめて会ったマルさんはとてもおだやかな雰囲気で、ぼくもゆみこもひとめで安心してしまいました。
マルさんの描く絵は、みんな丸の絵でした。むかしはいろいろなものを描いていたそうですが、長野に住みはじめてから13年間、ずっと丸を描き続けているそうです。丸を毎日描きつづけていると、大きくなったり小さくなったり、赤くなったりピカピカしたり、ならべてみると自分の流れが見えるようでおもしろいそうです。
「正円であればいいというわけではない。あまりゆがんでもいけない。より円にちかづけようとする気持ちが大切だ」というような言葉に、すごい重みを感じました。一見して、ほとんど正確な円なのですが、それだからなおさらほんのすこしいびつなところに決定的なあたたかさを感じたりします。お月さんのようなやさしい円です。ちょうどこの夜の月も満月の一日前ですこしゆがんでいました。

それから近くにあるりんごの湯という温泉へ。8時を過ぎると250円になるのです。マルさんにお風呂をおごってもらいました。露天風呂でじゅんと月を観ながら、互いの仕事のことなんかをのんびり話していいお湯でした。

夕ご飯はマルさん手作りのタイ風カレー。具におっきなキュウリや厚揚げが入っていてとてもうまかった。食卓が変わっていて、廊下みたいに大きくて長い板がほんの少し畳から浮いている感じ。正座したらひざは入りません。だけど、とてもうちとけやすい高さでした。

話好きのマルさんの口からたくさんのおもしろい話が飛び出しました。
旅の話、家族の話、なぜ笛を吹くようになったのか、記憶喪失になった友達の話・・・
どれもどこかでマルさんのなかの真理につながっているような話で、何度うなずいたか知れません。
話の中でディジュリドゥーのことがでたので、二人で一緒に吹きました。
いままで聴いたことがないような、音、というよりは手で触れるような立体的な響き。すごいです!ガオー!!マルさんはディジュリドゥーのことを竹ぼらと呼びます。ほんとに竹ぼらという名前がぴったりの音でした。
それからすこしぼくのうたに合わせて笛を吹いてもらいました。すぐにばっちりなことがわかったので楽しみはとっておくことにして、その後は竹笛教室のようになってしまいました。
薄明かりのマルさんの家で、時間を忘れて笛を吹いたり、たくさん話して夜がふけました。

22日のナイトサロン。ナノグラフィカにて夜8時から。みなさんぜひ観に来てください。



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2005年7月21日(木) ささやかすぎる一日

木曜日はマルさんがアルバイト(調理学校でフードアートの先生)なので朝は早く、一杯のコーヒーをご馳走になって出発しました。

じゅんの車はとても古いけれど、ただ古い車が好きなだけではなくてきちんと手入れがされています。ドライブしていて放置された古い車を見つけると、使える部品を集めたりしているのです。そんな車はカセットテープの音楽がとてもよく似合います。後部座席のラジカセからバンバンバザールが流れていました。

ナノグラフィカに帰ってきて、腹ぺこだったのでこのあたりで一番安いお蕎麦屋さんへ。十割そば500円の大善。今日はとろろそばと揚げ蕎麦がきを食べました。

暑い日でした。誰もいない一階と、みんな昼寝している二階を登ったり降りたりしながら、振り返って何日か分の日記をまとめて書いたり、ギターを弾いたりしていました。
日暮れ頃、会合から酔っ払って帰ってきた区長さんと話をしました。
区長さんの仕事は傘職人。常時3千本の傘をそろえる三河屋洋傘店の3代目です。
思い出の生地を使って世界で1本の日傘をつくったりもしています。
最近ではラジオや雑誌の取材も多くて大忙しらしく、時間給30円だなんていっていました。ラジオで話したときのカセットテープをボリュウムを最大にして聴かせてくれました。ラジオのインタビューに職人らしくとてもまじめに答える区長さんが大好きになりました。

その頃上ではさんまが焼けていて、夕ごはん。
ナノグラフィカで野菜以外のおかずがでることはめずらしいのです。居候のぼくたち夫婦、おいしいおいしいといって食べました。

鶴の湯というお湯が熱くて有名なちかくの銭湯に行くつもりでしたが、たまちゃんとのはなしに夢中になってしまってもう真夜中。あまりちかくはないコンビニまで有美子と散歩して、サイダーのみながら帰って寝ました。
ささやかすぎてしあわせな日。
東京へ帰ることをちょっとだけ想像してさみしくなりました。



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2005年7月22日(金) ナイトサロン「やもさんのその後」

長野に来てとくに毎日なにかしなければならないことがあったわけではないのに、箇条書きにして書き出せるようなできことはあまりないまま、あっという間にナイトサロンの日となりました。しいて言えば生活が丁寧になって、生活そのものを楽しんでいたように思います。
しなければいけないことのかわりにしたいことをしていると、日々は驚くべき速さで過ぎていきます。いずれにせよあっという間の日々ならば、したいことをしたいです。

朝は善光寺のお戒段めぐりをしました。
ご本尊の下をめぐっている真っ暗な回廊で、手探りで極楽への錠前を探し当てるというお寺系アトラクションです。これがとてもシンプルだけどおもしろくて、とにかくなんにも見えない真っ暗闇なのです。普段どれだけ明るい夜を過ごしているかがわかります。目を閉じても開けてもなにも変わらない闇というものは、なにか圧迫感があるものでした。
ぼくは2回目だったけど有美子ははじめてだったので、観光客の少ない平日の朝をねらいまいした。が、懐中電灯を照らしながらどしどし進むなぞのカップルに遭遇してしまい、気を取り直してもう1周。みごと極楽への錠前を握ってきました。1回500円。お勧めです。

4人前のご飯を作って、食べて、片付けて、ということをきちんとやると1日のほとんどが費やされてしまうような気がします。たまちゃんも、あやちゃんも、ぼくも有美子も、ほとんどナノグラフィカで毎食顔をあわせて食べたわけですが、食事のほんとうの楽しさを知った気がします。よく言うことだけど、「みんなで食べるのはなんでもおいしい」のです。しかもナノグラフィカには住人以外にも、タイミングよく食事時に訪れる人たちがいるのです。
いままであったようで、なかったかもしれません。こんなに大勢で毎日毎食、一緒に食べたことは。

夕方、1階でギターを弾いていると、富士宮からあまねさんが訪ねてきてくれました。近いとおもったらけっこう遠かったといいながら、奥さんの手づくりビスケットをプレゼントしてくれました。オレンジピールや、スギナ、桑の実ジャムがはいっていてとてもおいしかったです。絵の教室を開いているあまねさんに丁寧に絵を観てもらって、すこしもじもじ。

そうしてあっという間にナイトサロン「やもさんのその後」がはじまりました。
まずはマルさんと2人で竹ぼらセッションから。びよ〜

演目
0.イントロダクション、竹ぼら
1.紅茶の歌
2.花
3.引っ越し
4.「やもさん」朗読
5.ネオンホール
6.たんたんたん
7.穴
8.たぶん飛行機を見ていた
9.パイロット
10.君をください
11.パンツの歌
12.船乗り

マルさんははじめて聴く曲でもすぐに竹笛であわせてしまいます。いままでたくさんの人間だけでなく自然ともセッションしてきたマルさんにとって、僕の曲なんかちっとも難しくないのかもしれません。一緒に演奏した後、「この曲いい曲だね」っていうのって不思議です。とにかく素晴らしくて、このライブの録音をそのまま発売したいくらいでした。

この前マルさんのアトリエに行ったとき、こんな話を聴きました。
「ミュージシャンはチューニングしたところからはじまるけど、ぼくの場合はチューニングできるまでが音楽。あとはもう自由にやる。」
まさにそういう感じの演奏で、ぼくがうたいだしてしばらくはすぐに吹いたりしないでじっとチューニングしている感じ。そして音を出して確かめなくても、最初の1音を出したときには曲と笛がぴったりになっているのです。
こんなふうにチューニングのできるひとになりたいと思いました。
セッションというのはつまりなにかとなにかをチューニングすることだったのです。ほとんどマルさんに合わせてもらったわけですけど・・・。

おもしろかったのは「やもさん朗読」。ライブ直前に思いついて、ぼくの朗読にあわせて笛をふいてもらったのです。なかなかチューニングが難しかったようですが、いい思いつきでした。ちょっとまんが日本昔ばなしみたいでした。
「花」はぼくの大学1年の時のインド旅行でできた曲だったのでやりました。ほかにも「パイロット」や「君をください」など、バンドではほとんどやらなくなってしまった曲もうたえてよかったです。
最後は「船乗り」をうたいながらはだしで道路にでて、窓の外からうたいました。これが海の上に立ってうたっているみたいで最高に気持ちよかったです。マルさんも、このときは吹くのをやめて聴いていました。

ライブのあと、ナイトサロン恒例の自己紹介がはじまって、集まった人たちはすぐに打ち解けたようでした。
ぼくはマルさんの服がこの前会ったときと変わっていないことを言ったら、あんまり着替えないんだと話していました。ナノグラフィカの人たちはマルさんを「愛の仙人」と呼びます。やせて、髭を伸ばして、やさしくわらうマルさん、また一緒にチューニングしましょう。ありがとうございました!






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2005年7月23日(土) 帰らなければいけないんだなーという気持ちは一日前にやってくる

きのうはくたびれてシャワーも浴びずに眠っていました。
あやちゃんは今朝早く東京の個展に行くといっていたのに、気配がないのでもう行っちゃったかと思ったら、昼近くにねむりからさめたようでした。
今日も4人いてよかった。
「これは行くなっていうことなんだよ」と納得していたら、この日ほんとうに東京で地震があったようです。

きょうは東京にいけなかったあやちゃんをなぐさめるために、たまちゃんがはりきってご飯をつくりました。
朝は蒸しナス。夜は車麩のカツ。
あやちゃんはおいしいとき雄叫びをあげながら食べます。お盆みたいだといって大喜びしていました。ナノグラフィカの小さなちゃぶ台は4人で囲むには狭いんだけど、食卓がちいさいということは、ひとつのしあわせの秘密のような気がします。
肉を食べなくても手づくりの醤油や味噌だったり、いい塩からできる料理は満足してしまいます。いい納豆やとうふを買ったって、肉にくらべればやすいもんだしね。
かといってナノの人たちは決して肉や卵を口にしないというわけではなく、ただ肉や卵に比べて野菜は危険度が少ないということで野菜中心のようです。それに買い物しなくても野菜は近所のひとからもらうことが多いようです。
ナノグラフィカはそんなにもうかるお店ではないけど、そのぶんあんまりお金のかからないお店なのです、きっと。

ナノグラフィカでの毎日は生活教室みたいでした。
夜は窓全開で寝るので蚊も多いのですが、蚊取り線香は焚きません。
殺生をしないという意味なのかな?と思っていたらそうではなくて、自分では殺している意識なしに無差別に殺すのが嫌なのであって、手で叩きつぶすのはいいんだって。だから蚊よけの線香を焚きます。あんまりよけられないんだけど、そうするとむきになってつぶす気にもならないものです。
こんな生活は誰にとっても快適な生活とは言えないかも知れないけど、ぼくの中にはそういう種があったのでとても勉強になりました。

ところで随分長い間あたしい曲ができなかったぼくから、この日久しぶりに曲がうまれました。
バイトをやめにして自分をおさえる必要がなくなったぼくにとって、「おれおれ、自分自分」とうたう必要はだんだんなくなってきて、それじゃあ何をうたったらいいんだろう・・・と少し悩んでいました。
あやちゃんにスランプだと話したら「しあわせだからじゃん?」といわれてしまった。
なにかをつくる人はしあわせになったらいけない、ことはない。当然つくる必要がなくなればつくらなくてもいいかもしれない。自分にはまだ形にしなければいけないものが、名前をつけなければいけないものがたくさんあるように思う。
それはいままでのようにでかい声でうたうようなものではないかもしれないけど、やっぱりでかい声をだしてしまうかもしれない。
生きてるうちは生まれると信じています。

ちょうど曲がかたちになりはじめた頃、長野に住む大学時代の寮の友達が訪ねてきてくれた。タクシーの仕事をしているツカサはやもさんをえらく気に入ってくれて、ぼくの絵をタクシーの中に飾ったりできないものかと話してくれた。どこにいても、なにをしていても、自分のしごとに繋がってしまう人ってしあわせなしごとをしているんだろうなと思う。
はじめて知ったんだけど、ネオンホールのDVDの中で最初に通り過ぎるタクシーはツカサんとこのタクシーらしいです。
もしかすると長野の中央タクシーの中で近いうちにぼくの絵をみることができるかもしれません。ギャラリーカフェならぬギャラリータクシー。

夜、あやちゃんがなんか見ようぜっていって「夏の砂の下」というお芝居のDVDを観た。なんだか、だんだん東京に帰ることがさみしくなってきた。
ふと「オバケのQ太郎」の最終話を思い出して、みんなに話したら「まさやって思い込みはげしいな」って言われた。
せっかくからだにやさしい食事をしたのに、深夜4人で車に乗って24時間のスーパーへいってあまりからだによくないと思われる食材を買い込み、不良パーティーを開いた。
なんの話してたんだっけなー?「するめうめーなー」とか「このマヨネーズうめーなー」とか、そんな夜でした。



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2005年7月24日(日) こんなふうにやっています

今夜一緒にライブをするじゅんからの電話で目が覚めました。
田舎から遊びに来ている小学3年生の弟、けんも連れて一緒に鬼無里に行こうという。

鬼無里と言えばおやきのいろは堂が有名です。有美子にナノグラフィカの掃除を手伝ってもらって急いで済ませて、車に揺られて30分ちょっと。鬼無里はぼくの実家のあたりを思い出させるような清流のある山でした。
まずはいろは堂へ。たくさん注文したのに、けんは食べるのそっちのけでぼくによじ登ったりして遊んでいる。
じゅんは5人兄弟で、けんは末っ子。まったく人見知りする様子がなく、名前も知らないぼくに肩車をせがんたり。すぐに「おねがいっ」と上目使いでこっちを見るのはじゅんとおんなじ。けんはあんこのおやきしかたべなかった。かわいいなー。
いろは堂のおやきにはそば粉が入っていて、他のところで食べるよりもおばあちゃんが手でこねてできているような素朴な味がする。ぼく好みです。

腹ごしらえを済ませてから川遊び。石きり競争をしたり、笹舟競争したり、魚を追いかけたり。けんがよろこぶようなことをたくさんしたら、どれもやっぱりおもしろかった。でもせっかく海パンはいてきたのにけん、結構びびって泳がなかった。おれだったらあそこの小さな滝で修行ごっこしたけどなー。
けんと有美子が砂団子作っている横で今夜の練習。
じゅんの「パレード」、ぼくの「石鹸」、スタンドの「オイラの部屋に明かりがついてる」を一緒に演奏します。
ぼくはもう大丈夫って思うんだけど、意外とじゅんが練習好きでもう一回、という。けんは横で聴いていて「石鹸」が気に入ったらしく、「ねぇ、石鹸うたってー!」とせがむ。やっぱり兄弟。
たっぷり遊んでみんなで「石鹸」を歌いながら車までもどると、途中でけんが「安い石鹸の中にちょっとだけ高い石鹸が入ってたからいい匂いがするんじゃないの?」といっていました・・・。かわいいね。

帰りの車の中はしりとりをしたんだけど、これがかなり懐かしいしりとりで、「ひいおじいちゃんのひいおじいちゃんの友達のひいおじいちゃんのおかあさんのうんこを踏んだひいおじいちゃんは誰でしょう?の、う」とか、そういうめちゃくちゃなやつで最高でした。
車の中ではけんくん、お腹をすかせてさっき食べなかったおやきの残りをちゃんと食べました。

ナノグラフィカにつくと、もうかなりくたびれてしまってぐったり。
ぼーっとしていると、タイニーカフェのひさりさんが来店。ほんとに長野までありがとうございます!そんなこんなであっという間に夕方5時、ライブがはじまりました。
直前に練習したって変わらないのに、いつもギリギリでハーモニカ吹いてみたり歌詞を確認してみたりするんだよなー。

じゅんとふたりでまずはあいさつ。待ちに待った「こんなふうにやっています」はじまりです!

楽しいことだけやっていくとか
自分のリズムで生きるとか
そんなの無理って決める前に
やってみたら
意外とできちゃったりして

そんなふうにやれたらなーという願いを込めて「こんなふうにやっています」というタイトルにしたのです。じゅんもぼくも、そんなふうにいつまでやれるかわからないけど、家族が笑ってごはんを食べられるうちは続けようと思っています。そこで、「こんなふうにやっています」という曲をお互いにつくってここで発表することにしたのです。

じゅんの1曲目は「こんなふうにやっています」。
川で練習したときはまだできていないみたいだったのに、ブルースに乗ってじゅんにしかうたえないような言葉やメロディーが聴こえてきました。とてもいい歌詞だった。
ひとりでたくさんうたうじゅんを観たのははじめてだったけど、やっぱりじゅんのうたは最高。すごくいい歌なのに、すごいへたくそ。なのに聴いたときにもう自分の中でうたっているからその曲のよさがわかるのです。

じゅんは車が好きだから、歌にたくさん車がでてくる。ぼくはそんなに車が好きなわけでないのに、かっこいい車が見えるよう。なににせよ、その人が好きなものをうたうということが大事なのだ。聴いている人の大切なものを思い出せるようにね。
ひとりでうたうとき、ギターとことばとメロディー、普通この3つがメインだけど、じゅんの場合はそれプラス「顔」というか「うたいかた」というか、平たく言えば「気持ち」ってことなんだろうけど、それの占める割合が大きい。たとえば「きみの車もぼくの車もどっちもかっこいい」っていうときに、どうかっこよさそうにうたうか。それにかけているように見える。
でももうすこし楽にうたったほうが気持ちいいと思うよ。十分伝わってる。
じゅんの最後の曲に「パレード」一緒にやった。これは名曲です。今度ひとりでもうたってみたい。一回聴くとしばらくあたまの中がパレードになっちゃうんだよね。

すこし休憩を挟んで、瓶ビールをグラスにそそいで、ひとくちのんで、風鈴がいい音で揺れている中「風鈴と西瓜」からはじめました。

1.風鈴と西瓜
2.野良猫ワルツ
3.べいびー
4.おやじ
5.こんなふうにやっています
6.どっちがいいかはわからない
7.かっこいいこと言おうとしてた
8.ごろごろ一週間
9.石鹸
10.オイラの部屋に明かりがついてる
11.紅茶の歌

ナノグラフィカには窓辺に手づくりの風鈴が4つ並んでいるんだけど、どれも音が違っていて、どんなになってもうるさいと感じない不思議なやつなのです。
「風鈴と西瓜」は古い友達、おけいの作詞作曲だけど、おけいはいまはうたっていないのでぼくがうたわないとこの名曲を夏に聴くことができないのです。最初にバンドのメンバーに「風鈴と西瓜」をカバーしようよ、と話したとき、「そんな歌あったっけ?」っていうくらいおけい自身あまり歌っていなかった曲なのですが、(本人も忘れていました・・・)こうしてこの夏もうたえてしあわせです。他にも眠っているおけいの名曲がわんさかあるので、季節ごとにうたっていきたいと思っています。

ソロで「おやじ」をうたったのははじめてでした。ここのところバンドでもよくうたっています。ずっと書きそびれていましたが、実はぼく自身、来年は父親になるのです。
はじめ知ったとき、びっくりしました。バイトもやめちゃったけど大丈夫かと、ほんのすこし自問した後、子供を授かったということは、子供がうまれてきても大丈夫だからなのではないかと、これはきっとこれからうまくいくしるしだ!とふたり本気で思っています。本気でおめでたいです、ぼくらのあたま。

平井正也版「こんなふうにやっています」は、小さなしあわせのうたです。

こんなかたちが好き
こんな響きが好き
そういうものにかこまれて生きてる

ああ、あたらしい歌をはじめて人前で歌うときの気持ちって素晴らしいなー。ホームランなんか打ったことないけど、きっと松井選手が久しぶりにホームラン打ったときの気持ちってこんなんでないかなー?

ツカサにリクエストをもらって「ごろごろ1週間」もうたった。
目の前でけんがごろごろしていたので、しゃがんで「ごろごろ」ってうたいかけたけど、「もじもじ」していた。

じゅんと一緒にやった「石鹸」で、いままでバンドのライブでも経験したことがないような大コール&レスポンス大会になりました!ここではけんもおおはしゃぎ。「ぶんぶん」していた。
スタンドの「オイラの部屋に明かりがついてる」で感動のライブ終了、かと思いきやじゅんのリクエストで「紅茶の歌」をセッション。
ほんとにすみずみまでしあわせな時間でした。

夜、有美子とずっと入りたかった近所の銭湯「鶴の湯」へ。シャワーなんかひとつもない。もちろん湯船は泡なんかたたない。湯温は47度。男湯も女湯も誰もいない。いい風呂だったなー。

あしたはもう東京へ帰るのだ。なんだか泣きそうな気持ち。

帰ってからきのうの夜買ったパイナップルをみんなで食べて、すこしビールを飲んで、話したことはあまり憶えていないけど、そうして長野最後の夜は更けました。




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2005年7月25日(月) うしろにある絵が見えますか?

10日間の長野暮らしも今日でおしまい。
朝目覚めるなり、壁に吊るしてある絵をはずしました。
準備するのはあんなに大変だったのに、あっというまの撤収でした。

東京に帰ってしばらくしてから届いた「西之門しんぶん」(ナノグラフィカ発行)に、ぼくと有美子のことが紹介されていたので、そのまま引用させてもらいたいと思います。


西之門しんぶん 8月号より
「つくるひと nelco 平井正也とゆみこ」
7月16日から24日まで、平井正也展「うしろにある絵が見えますか?」を開催しました。平井正也とは「マーガレットズロース」という東京のバンドのロックンロールギタリスト&ボーカルをしている血まみれアーティストです。
最近は結婚したせいで幸せなのか血まみれ度は減りましたが活動は精力的です。
「nelco」(ネルコ)とはその平井正也と妻・ゆみ子によるめおとユニットです。まだはじめたばかりですが、ポストカードやTシャツなどの品物を生産しています。
平井正也が絵を描き、ゆみ子が布小物をつくったりします。2人のつくるものがこれからは合体していくことが予想されますが、どうなるかはわかりません。
今回の展らん会中は2人がナノグラフィカに泊まりこみでやりました。そうじをしたり、ごはんをつくったり、買い物に行ったりしながらの展示。生活するメンバーによって一日のすごし方も変化することを知りました。
「ネルコ」という名前だけあってゆみ子は相当の眠り屋でした。正也はうたの練習をする時はヤクザのようにこわい顔でした。これが印象に残ったことです。
絵の展示は静か(あまり人が来なかった)だったけど、金斗雲の壁や窓の3方向に絵が飾られ、まん中にすわると「正也風呂」(絵に囲まれて風呂につかっているようだの意)でした。人気のあった絵は銭湯の絵でした。


このホームページをはじめた去年の6月頃、当時のぼくにとっていちばん大きな問題は、どう自分を生かすか?ということだったと思う。それはこのホームページのプロフィールを読んでもらもらえばうかがい知れる。
「うしろにある絵が見えますか?」という一枠を雑誌で連載させていただくことになり、その12ヶ月の絵を展示することから、展示のタイトルも「うしろにある絵が見えますか?」にした。
だけどほんとうは、そのタイトルに既に違和感を感じ始めていた。
アルバイトをやめて、結婚をしたぼくにとって、「自己を生かす」というテーマはあまり問題ではなくなってしまった。
つまり生活のレベルで「自分」が実現されてしまうと、特別大きな声で「ほんとうはおれはこういう人間なんだ」とうたう必要もなくなってしまったということなのだ。

これはぼくにとってはとても大きな変化だった。どう表現していいかわからないけど、とても大きな変化だった。ある意味で、これからも「自己」というものは最大のテーマであり続けるかもしれない。だけどその「自己」はいままでの「自己」とは違うものになるだろう。
いままでよりも本物の自分が試されることになるだろう。
ぼくはもうひとりではないから、生かされているというところから出発したい。

だから今回の長野暮らしは新婚旅行のようでもあったし、いままでの自分に固執していた自分とのさよなら旅行のようでもあった。

有美子と入籍した7月1日、ふと思いついて鯛めしを食べに出かけた。
そのときごはんを食べながら思いついたのが「nelco」(ネルコ)です。
有美子とふたりであーだこーだ自画自賛しながら、
nelco recordsからは平井正也のソロ音源を。
nelco booksからはふたりの手づくり本を。
nelco sewingからは有美子の布小物を。
そんなふうにやっていこうと思います。

「うしろにある絵がみえますか?」はこれでおしまい。
あたらしく、nelco-webがおとどけする「こんなふうにやっています」がはじまります。





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