誰かがなにかをつくっているのは、その「なにか」が大切なんじゃなくてその「誰か」が大切なんだと思います。
「なにか」のために「誰か」はいるのではなく、「誰か」のために「なにか」はあるんだと思います。

詩も絵も歌もきみのためにあって、詩や絵や歌のためにきみがいるのではないでしょう?
どんなに大きな絵を描いてもきみを隠すことはできないでしょう?

たとえば大好きな服を着て出かけるとき、(それがきみが自分でつくったものならなおさら)
素っ裸で出かけるよりももっとほんとうに裸になるみたいなこと。
それをつくった人がちっとも見えてこないもの、わざわざ自分を隠すためなにかをにつくるなんて
知らない人のアルバムから自分の写真を探し出すよりも難儀で無意味なこと。
(もしかすると「自分を隠す」ことで最も強烈にその人が見えてしまうかも知れませんけど)

僕は自分のつくった詩や絵や歌が隠れてしまうくらい、しつこくそこに顔を出して
平気な顔でこう言います。
「うしろにある絵が見えますか?」



平井正也 プロフィール

1977年6月10日生まれ ふたご座 A型
新潟県新発田市出身
1996年大学1年生の時マーガレットズロースを結成
作詞、作曲、うた、ギター、たまにベース、チラシの絵担当




冷蔵庫に放置していたにんにくの芽に扉を開けたとたん襲われた平井正也、自ら激写

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